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民族で分断された町「ミトロヴィツァ」の今。

Category: コソボ
コソボの首都「プリシュティナ」から「ミトロヴィツァ」という町へ。
この町にはイバル川という川があり、その川を挟んで北がセルビア人地区、南がアルバニア人地区に分かれている。以前の記事で書いたように過去の紛争によりセルビア人のほとんどがセルビア側に追いやられたため、現在のコソボは人口のほとんどがアルバニア人。少数のセルビア人が残っているものの、アルバニア人とは違う場所に住んでいる。

ミトロヴィツァのイバル川に架かる橋はそういった両民族の確執のため長年封鎖されていたのだけど、ここ近年行った人のブログではきれいに整備され通れるようになっていた。とは言え治安面で若干心配だったので宿のオーナーに大丈夫なのかと聞くと、

「Hahaha~!君はアルバニア人でもセルビア人でもないから大丈夫だよ!僕が行くと多分変な目でジロジロ見られるだろうけどね!」

う~ん、未だにそんな感じなのか~と思っていると、

「冗談冗談!僕が行っても全然大丈夫だよー!」

えっどっちなん;
オーナーに直接は聞いてないけどアルバニア人地区首都プリシュティナ中心部は恐らくほとんどがアルバニア人なので、多分オーナーもアルバニア人。まぁ今の所治安は落ち着いているようなので行ってみよう。



プリシュティーナからバスで1時間15分、「ミトロヴィツァ」に到着。
しかしバスで1時間走っても1.5ユーロ・・・約180円。
「ヨーロッパイコール高い」というイメージだったけど、今のところ東欧は宿代以外はまだまだ安くアジア圏とさほど変わりないなぁという感じ。


↓ミトロヴィツァのバスターミナル。

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またディティールがちょっとおかしいよ。



バスターミナル前には並んで2軒ホテルがあり、それぞれ聞くと1泊20ユーロと15ユーロ。まぁどっちもそんなに変わらんだろと15ユーロのホテルにチェックイン。

そこはかとない老朽感を感じるけれど、無駄に部屋が広い。

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南京虫出そうな雰囲気で怯えてたけどこのナリで意外と大丈夫だった。



ホテルに荷物を置いて、早速川に架かる橋を見に行くことに。

その前に腹ごしらえ。ホテル付近は観光地化されていないので、安めで美味しそうな食堂がいくつかあった。ちょうどお昼時で町の食堂はどこも人でいっぱいだったけれど、外から見て美味しそうなのを食べているお客さんがいた店に入って同じものを頼んでみた。

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めっちゃ肉!!w
下はもったりしたスープの表面に焦げ目をつけたものなんだけど、このスープ、完全にトルコで食べた味(;´∀`) アルバニア人=ほぼイスラム教徒=トルコ。(まぁそもそもなぜキリスト教が多数占めるヨーロッパでこの辺りだけイスラム教徒が多いのかというと、昔オスマン・トルコ領だっただめ。詳しくは調べてね!w)

ここまで来てまたトルコ。トルコ意外と尾をひくなぁ・・・。
一般的にはトルコ料理=世界3大料理・美味しい、のイメージだろうけど、安飯ばっか食べていた私はただ「またか」という感じ。(もちろん家庭料理やそれなりの金額を出せば美味しいものがある。そしてこの時の私はヨーロッパを先に進むにつれ安飯=ケバブになるということをまだ知らない;)
更にここで出されたスープ、トルコのチャイ屋さんで安いからよく食べてた豆スープと全く同じ味だった。この料理長トルコ人?;まぁ不味くはないんだけど完全に食べ飽きた味(-д-υ) 肉はまぁ思ったほど固くはなかった。これでパン付きで2.2ユーロ(約265円)だからまぁよしとしよう。←肉無しだともっと安い。



バルカン諸国に多い軍人像がここにも。

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この人はちょっと若めだなー。革命家?



民族衣装っぽいウエディングドレス。どれもかっこいいけどマネキン濃いな~;

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やっぱりモスクもある。

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町の中心には歩行者天国になっているショッピングストリートがある。

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大学があるらしく、学生も多かった。
この先に例の橋があり、英語では「Stone bridge(Ibar bridge)」というらしいけど、現地でそう言っても通じないし、橋は他にも沢山あるので予め場所を調べて行くこと。記事最後に橋の地図を添付しました!(※決して現地で「セルビア人地区に行きたい」などと言わないように!)



広場でピンクリボン運動をしている女性達がいた。

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ボランティアで手作りケーキを作って売っているそう。ケーキを食べる人がドネーション(寄付)を渡し、それが活動支援金になるっぽい。アルバニア語なのであくまでそんな感じっぽいな~、ということw; 1つ買ったけれど、まぁ味は。
一番右の人だけ肌が浅黒く顔立ちが違う。何系なんだろう。(←こういった国で出身地や民族を聞くのは大変失礼なこと!なので聞いてはいけない。)



そしてセルビア人地区に架かる橋に到着・・・。

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え~!Σ(゚д゚;)


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橋の前、全面工事中・・・何の???;
しかも広い範囲で立ち入り禁止になっていて、警備員が数人見張りをしている。これは向こう側へ渡れないのかな~と警備員に聞くと、無言でぐるっと回ると行けるみたいなジェスチャーをしてくれた。結局この橋の近くに人は通れる簡易的な小さな橋が架かっていて、向こう側へ行くことは出来た。

↓黄色い手すりがついている所が簡易橋。

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とりあえず渡ることはできたものの、、、


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セルビア人地区側でもがっつり工事中・・・何の???;
橋の両側で同時にこんな工事が行われているなんてもぅ何か意図的だとしか思えないんですけど(;´∀`)



橋を渡ってすぐのところには慰霊碑とセルビア国旗があった。

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とりあえずぶらついていると、丘の上に奇妙な物体を発見。(右上)

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何あれ・・・と思ったのも一瞬。
バルカンを旅して丘の上にあるこういう奇妙な建築物はほぼ戦争慰霊碑であるということを学んでいる。学びすぎてちょっと面白味に欠けるなぁ;

とりあえず行くあてもないし、見晴らしも良さそうなので人に聞きながら行ってみることに。聞く人みんな英語が話せないのに、近くまで付いていってくれたりと優しい。



目的地手前にあった教会。

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壁一面に聖画。

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目的地到着。

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教会で会った現地の人がやはり戦争慰霊碑だと言っていた。
それにしても何でこんな奇妙な形にするんだろう・・・。

しかもでかい。人比較↓

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ここからさっきの教会と町が見渡せた。

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途中女の子が店の前にある遊具で遊んでいて、ケラケラ笑ってめっちゃ可愛かったので、お母さんに許可をもらって写真を撮らせてもらったのだけど。

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恥ずかしがって途端にうつむいてしまった・・・(;´∀`)こういう時子供慣れしてる人なら一緒に遊んで笑わすんだろうなぁ(もちろん自分には出来ず)。



壁に描かれたセルビア国旗の絵。

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左がコソボ、右がセルビア。1つの国だという意味かな?



町のロータリーにあった銅像。軍人というより王様っぽい。

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コソボの通貨はユーロだけど、セルビア人地区側では、商品にセルビアの通貨「ディナール」表記があるところもあった。正直こっちの方が寂れている感はあったけれど、アルバニア人地区側のきれいな歩行者天国も、少々「つくりもの感」があるので、まぁ見栄で作っているのだろう。その一帯以外はセルビア側とさほど違いはないように思えた。

両民族の顔の違いは私はよく分からない。
両方ともちょっとトルコっぽい彫りが深い人もいるし、ロシア人のような肌の白い人、逆に浅黒い肌の人もいる。

更にバルカン内では時々「ロマ人」を見かけるようになった。
私は彼等が「ロマ人」と呼ばれていることも知らなかったけれど、他の旅人が教えてくれ、この辺りに住むジプシー(家を持たない移動民族)らしい。肌が浅黒く、よく見るときれいな顔立ちをしていてアルバニア人ともセルビア人とも顔立ちが全く違うし、見かける数も少ないのでひと目でロマ人だと分かる。しかし私のような旅行者が出会うロマ人は大体が薄汚れた服を着て観光地でお金をせびってくる、もしくは物をスろうとする人達くらい。もちろんちゃんとした人もいるのだろうけど。

バルカンに入り、特にアルバニアからコソボでは、色々「人種・差別」というものを考えさせられる出来事が多かった。長くなりそうなのでこれはまた別記事で書こうと思う。



宿の近くの食堂で夜ご飯。

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ピラフと焼焼売のようなもの。全部で2ユーロ(約240円)。
久々に中華っぽい食事で普通に美味しかったので嬉しい!



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ジュース1L 50セント(約60円)
しかも100%?か分からんけど意外に果汁感があってびびった。

ミトロヴィツァの町自体はこじんまりしていて嫌いじゃないんだけど、まぁ学生が多いこともあってチンチョンチャン攻撃を激しく受けた(-д-υ) これもまたいろいろ書きたいことがあるので別記事にて。



★最後に注意点★
私が行った感覚ではミトロヴィツァの治安は今は安定しているようですが、橋がまた通れなくなっていることから、まだ両民族の確執はあるように思えます。2010年バスケットボール世界選手権でトルコがセルビアに勝利した際には橋で両民族での暴動が起こり、負傷者が出ています。(ソース)
またここミトロヴィツァを含むコソボ北部(セルビア国境側)は、外務省海外安全ホームページで「危険レベル2:不要不急の渡航は止めてください」に指定されています。ミトロヴィツァ以外にも両民族が近くに住む場所は注意が必要。

それ以外にもコソボではISILに外国人戦闘員として参加していた者が多数帰還していると言われていて、このような人物が国内でテロを起こす懸念があります。2016年11月にはISILの構成員と連絡をとりコソボ国内においてテロを計画していた容疑で複数名がコソボ警察に逮捕されるという事件等も発生しています。
コソボに行かれる方は外務省海外安全ホームページでの情報確認と、最新情報を受け取れるよう「たびレジ」の登録をおすすめします。



プリシュティナからミトロヴィツァへの行き方


①宿~バスターミナル
シェアタクシー 約15分 50セント

②プリシュティナ(Prishtina)8:50発~ミトロヴィツァ(Mitrovica)10:07着
バス 約1時間17分 1.5ユーロ




ミトロヴィツァの安宿


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「MOTEL GENTI」(写真左側)
シングル:15ユーロ(シャワートイレ付)
WIFI:部屋可。
設備:暖房
その他:英語が少しだけ通じるスタッフが一人いるけど、他の人は全く通じない。ただ一人旅の日本人女性が珍しいのか物凄く笑顔で優しかった笑。シャワーの水はけが悪い。部屋は隣の20ユーロのホテルの方がきれい。
宿泊日:2016.10.31~1泊
行き方:バスターミナルを背にして斜め右手側。




川に架かる橋はバルターミナルを背に左に進む。
イバル橋の場所↓

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アゼルバイジャン国民の生の声(ラヒッチ)

Category: アゼルバイジャン
首都バクーを後に、Dちゃんが教えてくれた「鍛冶職人がいる村・Lahic」に。←読み方は現地では「ラヒッ(?)」って感じだったので「ラヒッチ」なのか「ラヒック」なのかよく分からず。

ここへ行くのはバクーからの直通バスが無いので、方法は2つ。若干面倒くさい。
①ラヒッチ近くの町「イスマイリ」のバスターミナルからバスに乗り換える。
※この場合バスタータナルまでタクシーで行かないといけない可能性もあり。

②バクー~イスマイリ間にあるラヒッチへ行く分岐点の道で降ろしてもらい、そこからタクシーで行く。

とりあえずラヒッチに行きたいということは伝わっているので、マルシュで降ろされたところで考えよう。

降ろされたのは②の分岐点の道だった。多分。スマホが無いからはっきりとは分からない。

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タクシーが2台だけ停まっていて、内1台は現地人が予約していたタクシー。彼女達はラヒッチの村ではなくおばあちゃんの家に行くとのことだったので乗れず。(一応おばあちゃんちに一緒に行ってもいいか聞いたけどダメだったw)

タクシーは村まで10マナトと言ってきたけど、シェア出来る人もいなかったので1人では高い。が、ちょうどアゼルバイジャンの休日である金曜日に来たせいか、ラヒッチに向かう家族連れの車が沢山目の前を通っていたので、それを狙ってヒッチハイクを敢行。

ただ日本のようにファミリーカーでは無く普通のセダンなんかに家族がパンパンに入っている場合が多いので、意外と車は停まらない。ものの、ヒッチハイクを始めて10分くらいでラッキーなことに、ちょうどマルシュ(乗合バン)が通りかかった。

どっかの町から来たラヒッチ行きのマルシュだと思って車を止めて乗り込むと、、若い女性と男性が数人乗っていて、明らかに乗客のテイストが普段のマルシュとは全然違い、結果マルシュではなく普通の家族が乗った車だった。

お母さんが英語を少し話せて、ラヒッチまで乗せて行ってくれることになったのだけど、車はオフロードの山道をぐんぐん登る。。。


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またしても一体私はどこにいるのか(;・∀・)

いや、「村」というよりもはや「山」なんやけど・・・;

どうやらここでピクニックして昼食を食べてから村へ向かうらしい。良かった。

マルシュにしか見えない自家用車↓

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夫婦と子供2人の4人家族+甥姪で総勢10人以上?

ランチが入ったバスケットとスイカ何玉かをそれぞれが分担して持って、昼食を食べるポイントまで移動する。

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家族にとってのお気に入りスポットでもあるのか、川も渡ってどんどん進む。

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どんどん進む・・・。

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どんどん・・・。

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おぉ・・・絶景。
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そしてどんどん・・・?

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結局ランチを食べずに、車がある場所まで戻ってきた。

なんじゃそりゃ(;´∀`)
どうやら家族は「見晴らしが良くかつ日陰がある場所」を探していたらしいけど、ちょうどいい場所が無かったよう。30分くらい山道を登って、デカいスイカを抱えているコもいたのに何だったんだこの苦労;(車はカギがかからなかったので、私もPC等電子機器、貴重品一式が入ったサブバックを背負っていたのでそこそこしんどかった)

この場所は現地人のキャンピングスポットらしく、テントを張ってご飯を食べている人も多かった。結局ランチは後に、先に村を見学することに。



鍛冶職人の村「Lahic(ラヒッチ)」

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鍛冶職人がかつてこの村に沢山住み、彼等がつくる銅製品で栄えた村。栄えたといってもそこはまぁ山奥の村なんだけど、今は観光地として人気があるよう。




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石畳のきれいな道に、お土産屋となった石造りの家が両側に並ぶ。
私の想像していた「村に銅を叩く音が響く村」とは全く違うかったので、少し残念だったものの、村の雰囲気は悪くは無い。



お土産屋さんに売っていたキャンドルカバー(?)かわいい。

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ほとんどがお土産屋さんになっているけど、鍛冶場がそのまま残っている場所もある。

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ただ、イラン人家族はここは興味無さそうにスルー;
 
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細かい細工の大皿やポットは結構凄いんだけどな~。

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つい買ってしまったラヒッチと全然関係無い、金貨を抱えた羊のマグネット。
なぜ金貨を持ってるんだろう・・・。

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村を見学した後、もと来た道を車で戻り、途中の道端の草原でランチを頂く。イランでは何度もご飯を頂く機会があったんだけど、思い起こせば全てチキンだった。そしてアゼルバイジャンでも再びチキン。この辺りでは「ピクニックで食べるもの=チキン」なのかなぁ?チキンはそれ程味付けせずに簡単に焼いたものだけど、ナンと一緒に美味しく頂く。

車はだいぶイスマイリ側まで戻って来ていた。
本当はラヒッチの宿で泊まる予定だったけど、そこまで戻るのも申し訳無いので分岐点で降ろしてもらうことに。一応家に泊まれないか聞いてみたけれど、彼女達はこの後バクーにいるおばあさんに会いに行くとのことだったので無理だった。

帰りの車中、家族や仕事のこと、今まで行った国のことだとか楽しく話していたのだけど「アゼルバイジャンの後はどこに行くの?」という質問に「ジョージア、アルメニア・・・」と答えた瞬間、漫画の「ピキーン」という効果音が浮かんで見えたかように、一瞬にして車内の空気が凍りついた。

アゼルバイジャンとアルメニアは隣国ながらも昔から「ナゴルノ・カラバフ自治州」を巡っての領土問題があり、今年(2016年)にも紛争があって4月に一応は停戦宣言された、というのは知っていたのだけど。


「何でアルメニアなんて行くの!?」

「あんな野蛮人ばかりいる国なんて危ないよ!」

「知ってるか!?この間の紛争で50人も人が殺されたんだぞ!」

「アルメニア人は、子供も女性も老人も、容赦なく殺すんだ!」

「私達の土地を奪おうとしてるのよ!」


ここまで車内がヒートアップするとは思わなかった。あまりにもみんなのすごい剣幕と、本気で心配している奥さんに押されて、つい「分かった!行かないよ!」と言ってしまった。(まぁ行くけど)

この手の話にヒートアップするのは大体どの国でも戦争経験者である年配の人なんだけど、甥や姪つまり20代の若者も一緒に言ってきたことに驚いた。
後でこの領土問題を調べると、比較的アルメニアが仕掛けているような内容が多かったので彼等が怒るのも無理は無いのかもしれないけど、戦争なんて片方だけ絶対的に正しいなんてことはまず無いと思う。ナゴルノ・カラバフは現在はアゼルバイジャン領とされているけれど、実際アルメニア人が多く住むことから、州としてはアルメニアへの編入の声が高いそう。もし住人もアルメニア側がいいと思っているなら、無理やり領土を取ろうとしているのはアゼルバイジャン側なんじゃ・・・?と思ってしまう。(ちなみに「50人殺された」というのは正しくは「双方の死者55人」で、ほとんどが兵士だった。)

ちなみにこのナゴルノ・カラバフ。
「ナゴルノ・カラバフ共和国」として独立宣言をしているものの、晴れて?未承認国家となっている。この国を国家として認めているのはアブハジア、南オセチア、沿ドニエストル・・・って全部未承認国家やん!未承認国家が未承認国家同士で認めてるってウケるw

とにかく「戦争なんてどっちも悪いよ」と言ったところで更にヒートアップするのは目に見えているので適当に話を終わらせて別れた。この後も悪口を言う人に会ったので、この家族に限らず、本当にアゼルバイジャンとアルメニアは国同士だけでなく国民同士も嫌い合っているのだなぁと思った。

私のカメラを触りたがる家族の子供。

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実際戦争を体験していないこの子でも、大人になったらアルメニア人を嫌いになるのかなぁ・・・と思うとちょっと悲しい。



車に乗せてもらった分岐点で降ろされ、宿がある(らしい)イスマイリに行かなければならないんだけどさてどうするか、と思っているとタクシーのおじさんが声をかけてきた。やはり1人だと高いので「マルシュかバス無いの?」と聞くと、おじさんがイスマイリ方面に向かう車をヒッチハイクして止めてくれた。結局この幹線道路はシェアタクシーも通るらしく、おじさんが止めてくれたのはシェアタクシーで、イスマイリまで1マナト(約60円)と安く行くことができた。

中央アジア以来、人を小バカにした上から目線のクソみたいなタクシードライバーにしか出会ってなかったので、これには久々に感動した。シェアタクシーは上にタクシーマークがついているものの、普通のタクシーと見た目は同じなので、自力では捕まえられなかったかもしれない。おじさんは1円の得にもならないのに、ありがとうと心から思った。



タクシーにイスマイリのバザール近くで降ろされたものの、どこに宿があるのかはサッパリ分からない。その辺にいた人に「ゲストハウス、ホテル」と聞くとざっくばらんに「あっちだ」と何も無いまっすぐな道路を指さされる。しかし誰に聞いても同じ方向を指差すので、この町に宿は1軒しか無いのだろうか・・・と不安になる。かなり辺鄙な町だったので、こういう場合高級ホテルか小汚い中級ホテルが1軒のみ、というのはよくあること。中級ならまだしも高級ならすごく困る。。。

とにかく選択肢も無いのでみんなが指差す方向へ歩き出すと途中、居酒屋?の前にある仮設テーブルで生ビールを美味しそうに飲んでいるおっさん連中がいたので、我慢できずに一緒に1杯飲む。1杯1マナト(約60円)。安っ。
おじさん達はどこからか英語が話せる若者を数人連れて来たんだけど、彼等が自分の名前を「タブリーズ」「テヘラン」と、イランの都市の名前を名乗るので初めは茶化されているのかと思ったけど、身分証明書を見せてもらうと本当にそういう名前だった。アゼルバイジャンでは結構多い名前らしい。元々ロシア領だったのに、イランの名前を取るのはやはり同じイスラム教だからだろうか。

タブリーズと名乗る男が言う。

「俺はここで教師をしているんだけど、もし日本で教師をするとしたら給料はどれくらい貰えるんだ?」

「う~ん、正確には分からないけど1ヶ月20万円くらいは貰えると思うよ」

「20万円!?俺の給料は1ヶ月で2万円だぞ!」

と、彼はかなりショックを受けていたけど、1ヶ月2万円か・・・そりゃ驚くわな;
彼が可哀想になったので、とりあえず「でも物価も高いよ。このビールも日本で飲むと400円くらいはするよ。」というと、またしても驚いていた。

結局その内の1人がタクシードライバーだったので、1マナトで宿まで連れて行ってもらうことに。



タクシーで数分。恐らくこの町に1軒しか無い宿は、小汚いモーテルだった。

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部屋もシャワールームも汚いけど値段は思ったほど高くなかったので良かった。(それでも値引き交渉をする私w;)

しかし。

「あれ?おじさん、この部屋カギが無いよ」

「ノープロブレム!(大丈夫だよ)」

出たよ・・・。
アゼルバイジャン入ってからしょっちゅう言われるこの言葉。(インドも多かったけど)ほんと英語話せないのに、なぜかみんなこのフレーズだけは言えるようで。

いやいや、アンタは問題無くても、私にとっては問題だから!と何度言ったことか。とにかくこっちの人は自分に問題無ければいいのか?

「いや、私にとっては問題だから部屋変えてよ」

「ノープロブレム!誰もモノを盗む人はいないよ」

「いや、とにかく私は不安だから部屋変えてよ」

・・・というやり取りを何度かした末に後で分かったのは、カギが付いている部屋の方がむしろ少なく、既にそこが満室。結局この管理人(オーナー?)が使っているカギが無事な部屋と交代してもらった。

しかしトイレにもシャワールームにもカギは無かった(-д-υ)

唯一救いなのは、外に出ると木が茂る庭にテーブルとイスがあり、鶏(七面鳥?)が沢山うろうろしていて所謂「モーテル」的暗い雰囲気はあまり無いこと。朝チャイも出してもらえた。オーナーもまぁ悪い人では無いよう。



宿近くにあったモニュメント。

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城壁みたいなものもあったけど何だか新しそうなので、最近造ったものなのかな?

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果物屋さん。

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このおっちゃんなのに仲良し♪な感じがすごくかわいい。

少しこの町もウロウロしてみたいと思ったけど、着いたのも夕方で疲れていたので結局何もせず。



バクーからラヒッチへの行き方


①市内~バスターミナル メトロ 0.2マナト
旧市街からは「Memar Ajami」で乗換、「Avtovaghal」下車。「International Bus ターミナル」出口を出てエレベーターで3階に上がったところに乗り場がある。

②バクー 9:10発~ラヒッチ分岐点 11:45着
マルシュルートカ 約2時間35分 5マナト
※「イスマイリ」行のマルシュ。「ラヒッチ」と伝えておく。

③分岐点~村まで
私はヒッチハイクしたけど、タクシーもいる。言い値は1人だと1台10マナト、シェアタクシーだと÷人数、といった感じで3~5マナトくらいとのこと。

●分岐点~イスマイリ
シェアタクシー 1マナト
※そこから宿まではタクシーで1マナトだったけど、モーテルは幹線道路沿いなので、最初からシェアタクシーに写真を見せて「イスマイリ・モーテル」と言っておけば近くで降ろしてくれるかも。



ISMAYILLI(イスマイリ/イスマユル)の安宿


「MOTEL」

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シングル:12マナト(←14マナトから交渉)
WIFI:無し(宿横のカフェで使えるらしい)
共同ホットシャワー、キッチン無し、お湯はもらえる。
※カギが無い部屋が多いので要確認。全体的にボロいけどシーツはきれい。
(2016.8.5~1泊)

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トルクメニスタンで民泊&首都の夜景が面白い(アシガバード)

Category: トルクメニスタン
地獄の門で偶然会った、トルクメニスタン家族の家に泊めてもらうことになった私達。
夕方アシガバードに着き、タクシーのおっちゃんに電話してもらい、無事家族の家に到着。

家というか、マンションだった。

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アシガバードに入ると一気に景色が変わり、こういったマンションが道の両脇にずらっと等間隔で並んでいる。

マンションの前の道↓

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全てが白く、全てが同じ高さで同じ形。
これは全部民間企業ではなく、国が建てているからここまで揃っているらしい。人が住んでいるような平屋は無く、スーパーやショッピングセンターも「それ」と知っていなければ分からないくらい全てが同じように見える。「独裁政権」というのを改めて実感。



マンションのエントランスなどは普通の日本のアパートと同じような感じだったけど、家の中に入ってびっくり。

「ひろっ!!(広い)」

「きれい!!」

キッチン合わせて5、6部屋くらいあったのかな?
日本と違うのは、ダイニングルームにソファーや机は無く、きれいなペルシャ絨毯が敷かれていたこと。

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液晶TVもある。TVチャンネルはスポーツ番組が多いけど、映画や歌番組など、他の国とそれ程変わらない。この国では何のスポーツが有名なの?と聞くと、柔道?空手?のようなスポーツがあるという。ボクシング?と聞くと違うらしく、一体何のスポーツだったのだろう。

唯一英語が話せる長女のロキアちゃんが言う。

「来年この国でアジア・オリンピックがあるのよ。だから今いろんなところで建設ラッシュで建物も増えて、帰って来た時びっくりしちゃった!」

ロキアちゃんは中国で何か忘れたけど何かの勉強をしていて(もちろん中国語で)、学校が休みの今実家に帰ってきたところ。1ヶ月くらい休みらしい。
ちなみに次女はロシアで法律の勉強、三女は市内の美容サロンで働いている。
上2人の娘を海外に留学させるなんて、結構な金持ちなんじゃ・・・。
こうなると両親2人の職業が気になってきた。

海外では現地人に必ずと言っていいほど「日本で何をしているのか?」と聞かれる。(特にインド)が、今その気持ちがようやく分かった(゚∀゚)
彼等からすると、「海外旅行できる=金持ち」だから、どんな仕事をしているのか気になってしょうがないのかもしれない。

ゲスいな~と思いつつ、好奇心に勝てず職業を聞くと、その時は英語が今イチ分からなかったんだけど、後で調べると、お父さんは物理学者で今は年金生活、お母さんは現役の大学の先生だった。物理学者が実際何をするのかは完全文系の私はサッパリ分からないけど、まぁ普通の人がなれるものではないのだろう。

ちなみにロキアちゃんが言った「アジア・オリンピック」。
その時は聞いたことないな~と思ったけど、後で調べた結果来年アシガバードで開かれる「アジアインドア・マーシャルアーツゲームズ(Asian Indoor-Martial Arts Games)」のことだと思う。アジアにおける格闘技の多種目国際競技大会で「アジア格闘技大会」とも呼ばれるらしい。何それ!バキみたいでちょっと面白そう・・・。



お父さんとお母さんが私達のために伝統的な民族衣装を着てくれた。

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後で町を歩いた時も、女性はこういうデザインのワンピースを着ている人が多かった。イスラム国なので、キルギスやタジキスタン同様頭にはスカーフを巻いて髪を隠しているのだけど、他の国とは違ったのは既婚者のスカーフの巻き方。どう巻いているのか分からないけど、バケツをひっくり返したような形で帽子のようになっている。
未婚者か既婚者かすぐ分かるので、男性にとってはいいのかも。若い女性は基本的にスカーフを巻いていなかった。既婚者は「絶対」巻かないといけないらしい。


ロキアちゃんのお母さんは英語が話せなくてもそれと分かるすごく明るくて楽しい人。お父さんは寡黙ながらも話しかけるとニコニコしていて、優しい雰囲気。私も居心地が良くていい家族だな~と思った。
その後家族にはもう1人、長男がいることが判明し、彼は結婚していて奥さんと別の場所に住んでいるとのこと。晩ご飯はそっちに行って食べることに。

長男夫婦の住むマンション。。。

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「え・・・?デカくない?」

マンション前の道。

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お邪魔しま~っす・・・って・・・

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「ひっろ!!!(広い)」

「天井たかっ!!!」


もちろん部屋はここだけではない。

窓から見える変な建物。

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ベランダから見えるのは・・・大統領官邸!!

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もちろん通常なら写真撮影禁止なんだけど「ここならいいよ」と言われたので激写。デカいな~。大統領官邸の近くに住んでるって・・・日本で言えばここは永田町?

ゲスいけどこうなると、この夫婦の職業も気になる私。聞くと二人共市内の銀行員で、長男は本社勤め。なるほど。



お・・・お姫様ベッドだ。

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調度品が何か凄い。

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が、こういうのを見るとちょっとホッとする。

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ミッキーなの?プーさんなの?

しかし家デカいね~と話していると、トルクメニスタン(アシガバード)では4,5年勤続して働くと国からこういう家がもらえるとのこと。えっ!?家くれるの!?と思ったけど、お金は分割で払うらしい(=ローン)。でも私の聞き間違いでなければ3,000ドル。=30万円。

30万円でこの家くれるの・・・?w
更にその何%かは会社が負担してくれるから、もっと安いとのこと。

ハウスキーパーとか、どんな仕事でも?と聞くと、どんな仕事でも、らしい。す、凄いな・・・。だからマンションばっか沢山あるのか。トルクメニスタンは石油や天然ガスなど、豊富なオイルマネーで潤っている国。変な建物ばっかにお金使っているだけかと思ったら、ある程度は国民にも還元してるよう。公共料金も無料、医療費もかなり安いらしい。



ご飯タイム!

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これも中央アジア定番の水餃子スープ。

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久々にアッサリめの味で美味しかった!
思わずおかわり。こういうところでは遠慮するより図々しいくらいのほうが喜ばれる。が、食べ過ぎて苦しかった・・・

長男の奥さんは私達が来てからずっと、口元をスカーフで隠し、一言も話さなかった。宗教上、他の男性がいる場合はそうしないといけないのかと思っていたけどそうではなく、「旦那の両親の前」ではそうしないといけないらしい。結婚した後から、夫の両親の前では口を隠さなけてはいけなくて、更に夫の両親と話すことも禁止されているらしい。マジか・・・(;゚д゚)
まぁある意味嫁姑関係が悪化することが無いからいいのかもだけど、このお母さんはかなりフレンドリーで楽しい人なので、奥さん的にはツラいかもな~。
まぁ全てのイスラム教徒がそうするのではなく、この場合この奥さんがかなり敬虔なムスリムなのだと思う。



夕食の後ロキアちゃんが「アシガバードは夜がきれいなのよ!」と、お父さんの車でみんなで夜景ドライブ。

BITARAPLYK BINA

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10:00~22:00
チケット:1人 1マナト
何かよく分からないロケットっぽいタワー。チケットを買うと上に登れる。



ライトアップの色が変わる。

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屋外を斜めに進む変なエレベーターに乗って上に上がる。

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上からの夜景。

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そんなに高くないのでこんな感じ。
というか、見ての通り車は少ないけど街灯がめっちゃ多い。2個に1個減らしても大丈夫だろ、ってくらいに多い。

↓明るいけど車は少ない道路。

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途中この道路の白線まで全部光っているところもあってかなり驚いた。逆に事故りそう;



↓オリンピックの選手村って言ってたかな?

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これもまた色が変わる。
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何かの記念塔。これもまた色がー略。

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屋内観覧車「Alem」

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ここもトルクメニスタンで来たかった場所の一つ。
世界最大の「屋内」観覧車。
観覧車の形に沿ってぐるっと丸く造られた建物の中に観覧車があるので、「屋内」にある観覧車として世界最大らしい。

乗車時間は22時までだったため乗れなかったのが残念だったけど、見れて良かった。チケットは3マナト(約90円)らしいけど、外国人チケットはもっと高いという情報も・・・。

ちなみにこの観覧車の正面にある正方形を2つ重ねたようなマークは、アシガバードではそこら中で使われているのだけど、ロキアちゃんに聞くと「ん~?シンボルマークのようなもの?」という回答だった。

他に「世界最大の国旗」という国旗も見たけど、夜だったので写真が今イチ撮れず。後で調べたらそう言われている国旗は他の国にも沢山あった。


その日の夜はエアコンの効いた部屋で超快適にぐっすり就寝。。。
そして翌日は、私が地獄の門よりも行きたかった「あそこ」に行くのでぇっす!ヽ(*´∀`*)ノ
※結果を先に言っておくと私はこの家で2泊させて頂きましたw

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おやじが絡むよタジキスタン(ヤムチュン)

Category: タジキスタン
キルギスの国境から一緒だったユン君とはここランガーでお別れ。
ありがとう、ユン君!!

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パワフルでフレンドリーな彼。
結構感動屋さんで、いろんなことに一喜一憂するのが面白かった。一番笑ったのは、日本にもある中からシュワシュワ酸っぱいのが出るコーラやサイダー味のキャンディーを食べて、「オーマイガーッ!!」と驚いていたこと・・・。まぁ確かにオーストラリアでは見なかったなぁ~。



宿からメインロードへ向かう道。ランガーは日本の田舎のようで本当に畑しか無い。

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子供達に「ハロー!ハロー!」と挨拶される。

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ヒッチハイクポイントのランガー村のメインロード。

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ここで次の目的地「ヤムチュン(Yamchun)」への車を捕まえる。しかし本当にこんな所に車が通るのだろうか・・・。



10時半から立って、1時間で車はゼロ。
私達が着いた時からいたタクシードライバーに交渉して、2人で200ソモニを100ソモニ(約1,300円)まで値切って交渉成立。1時間くらいの場所なのにべらぼうに高い。タクシーの場合往復料金で取られるから普通の倍くらいの値段になる;

後々、ワハーン回廊に入ってさえしまえば車は通ることに気づいた。
ここでももう少し粘っていれば良かった。



11:35出発。

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給油中。

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ここで先に支払いを言われたが、信用ならなかったので、半額の50ソモニだけ渡した。



タジキスタンのドライバーはとにかく運転が荒い。
このドライバーも然り、対向車の見えない崖っぷちの山道でもむちゃくちゃ飛ばす。その上携帯電話で電話をし出し、もう片手で車のオーディオ操作をしている。え~と、、、ハンドルは一体どの手で持っているんでしょうか・・・?



景色どころかとにかく無事に着きますように、と必死で祈ること1時間。何とか無事ヤムチュン村に到着。

しかし私達が行きたかった所(砦への道)から2km手前くらいの場所で降ろされ、そこまで行くならもう50ソモニよこせと言ってくる。腹が立つので歩くことにした。

数分も行かない川を渡ったところで、大きなスコップを持ったおじさんに「家でチャイでも飲まないか?」と声をかけられる。時間は沢山あるし、ちょっと休憩してから宿探してもいいか~と、おじさんのお宅にお邪魔することにした。

おじさんはロシア語(タジク語)オンリーで英語は一切出来ないんだけど、すごくフレンドリー。にこにことしてて何か面白い。

結果、この日はこのお宅に泊めてもらうことに決定。
値段交渉の結果、食事付き(昼・夜・朝)で1人40ソモニ。約520円。タジキスタンの外国人用ゲストハウスは10ドル前後するのでこれはかなり安い。が、シャワーは無いし食事は残念だった。

ここ。

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庭に畑があって、ロバもいる。う~ん、のどか。

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お昼ご飯はパスタだった。

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ただマカロニを茹でて塩で炒めただけのものだったけど、キルギスからずっと油っこいプロフ等に飽き飽きしていた私達は「久しぶりに違うモノ!」と喜々としてこれを食べた。何て安上がりな。



その後なぜかおじさんの仲間達が私達の部屋に大集合。

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写真では2人しか写ってないけど、実際はぐるっと取り囲まれている。またこのおばちゃんのキャラが濃くて面白かった。



この村を選んだのは、ユン君が頼んだツアーガイドが持っていた地図に「Fort(砦)」とあったので、何か観光出来る場所がありそうと思ったから。とりあえずMAPS.MEに表示されている「Infomation center」に行ってみることに。

ヤムチュンの町並み・・・。

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気持ちいいくらいに何も無い。

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MAPS.MEに「Infomation center」とあった場所・・・。

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確かに「Infomation」はあるが、「center」は無かった( ;∀;)
まぁこんな村だし、そりゃそうだ。

ここから「Yamchun Fort(砦)」までは7km。
「Bibi fatima(温泉)」までは8km。
ずっと上り坂なので、歩いて行くのは結構大変。宿のおじさんの弟がタクシードライバーをしていて、温泉までの往復で2人で80ソム(約1,040円)と言ってきて、迷ったものの結局どちらも行かなかった。(この後別の温泉に行く予定もあったため)



商店は何軒かあったが、品揃えはかなり悪くてほぼ何も無い・・・。ビールも無かった。

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宿に戻って、ハーモニカを吹いたり写真を整理したりしてるといつの間にか時間は過ぎる。

夜ご飯何かな~?やっぱプロフじゃないかなー何て話しつつ出てきた本日の晩ご飯。

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まさかの・・・

昼と同じマカロニ塩味。

しかも昼は玉ねぎが乗っていたけど、今回は具無し。完全にマカロニと塩のみ。唯一嬉しいのはナンが焼き立てで柔らかもっちりなことだけ。(昼のナンはいつ焼いたのか分からない、パリパリパサパサだった。)

さすがに抗議する私達。

我々「人参無いの?」

おやじ「マガジン、ニェット(店に無い)」

我々「じゃがいもかは?」

おやじ「マガジン、ニェット」

我々「何でもいいから他に野菜無いの?」

おやじ「あるのは玉ねぎだけだ。スープにするか?」

我々「・・・。」

私達はビールを求めて全ての店に行ったけど、確かに野菜らしきものは売っていなかった。ここは高地なため、育つのは玉ねぎくらいなのか?おやじも私達が半分支払いをした後に「マガジン(店)行ってきま~っす!」と奥さんに言っていたのを私達は確認している。嘘は言っていないようだけど、だとするとこの人達は一体普段何を食べているんだろう・・・;たまたま店の物資が滞っていただけなのか。

とにかくお腹は減るので、食べ始めるももちろん進まず半分くらい残ってしまった。



そんな翌日の朝ご飯。

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ナンとチャイだけ( ;∀;)

しかもナンもお菓子も昨日の残り。

その上、チャイがしょっぱい!!!

何コレ、間違って塩入れたんじゃないの!?・・・とおやじを呼ぶと、間違ってなく普通に塩を入れて飲むとのこと・・・。何それ?未だかつてミルクティーに塩なんて聞いたことない!この家オリジナルじゃ!?
とにかくしょっぱいチャイなんて飲めたもんじゃないので、普通の紅茶を頼んだ。

「砂糖ある?」

おやじ「マガジン、ニェット(店に無い)」

「ナンにつけるジャムは?」

おやじ「マガジン、ニェット」

「じゃあバターは?」

おやじ「マガジン、ニェット」

・・・。

はいはい、すみません、私がワガママ言いましたよ・・・( ;∀;)
というか、今まで民泊した場所はジャムもバターも自家製だった。昨日の友達大集合といい、この家は民泊慣れしていないのかな?ツーリストが行く場所(温泉近く)からも離れているし、もしかしたら初めてだったのかもしれない。

新しいナンを焼くことが、この家の最大のもてなしだったのかなぁ~。



ただこの宿の良かったことは、おやじがとにかく、くどいくらいに絡んでくること。

本当に用も無いのに私達の部屋に普通にいて、ゴロゴロしている。↓

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カメラを向けると大体シャキッと座り直されるので、奇跡的に撮れた写真。

まぁ本当に私達以上になぜか一緒に寛いでいる。
ロシア語が分からない私達、英語が分からないおやじ、特に会話もせず、ただただ3人で寛ぐ時間が何だかすごく面白かった。



出発朝、一緒に写真を撮ろうと言うと無理やり肩を組まされた。

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おやじに肩を組まされ完全に嫌がっている私の写真が見事に撮れた。

このおやじのキャラが無ければ、ただただしょぼい宿で終わっていたと思う。現地の人と密に関わりたいならオススメの家。くどいくらいに絡んできます(;´∀`)




ランガーからヤムチュンへの行き方


ランガー(Langar)11:35発~ヤムチュン(Yamchun)12:50着
タクシー 約1時間15分 2人で100ソモニ←200から交渉後
※10:30からヒッチハイクするも1時間で車ゼロ。が、ヤムチュンでは車通りがまぁまぁあったので、8時とかもう少し早い時間帯からか、もっと待っていれば捕まったかも。ランガー以降は意外と車通りがある。




ヤムチュンの安宿


ヤムチュンの宿は温泉に行く途中に1軒あるのみ。民泊がおすすめ。

●私達が民泊した家

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1人40ソモニ(約520円)
昼・夜・朝食付き。
部屋で充電可能。
※シャワーはあると言っていたが、結局使えなかった。使えた場合は1人+5ソモニ。
(2016.6.23~1泊)

おやじの弟がタクシードライバー。
「Bibi fatima(温泉)」に行く場合は往復1人40ソモニ。
ここからホーログへ行く場合は弟のシェアタクシーで1人1000ソモニと言っていた。

行き方:砦、温泉へ行く分岐点の手前2kmにある川の近く。

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ランガーから橋を渡ってすぐ右に曲がる。川沿いの家。私達は橋の近くでおやじに声をかけられた。

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田舎に泊まろう!(クズル・トゥー村)

Category: キルギス
トルクメビザは受理まで1週間あるので、その間にキルギス国内を観光することに。南旅館で会った人がいいと言っていたクズル・トゥー村へ行ってみた。

ビシュケクからはマルシュルートカで約3時間。

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キルギスには「イシク・クル湖」という有名な湖があり、車は湖沿いの道を走るので車窓からの景色も綺麗 だと聞いていたけど、結局市内を出る前に寝てしまっていて、気がついたらクズル・トゥー村にもうすぐ着くぞという場所にある休憩所に着いていた。

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ここでも悠々とした山脈が広がり、なかなかいい景色。



そこからさほど時間も絶たず、クズル・トゥー村に到着。

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・・・なるほど。
最新版の地球の歩き方にも載ってる村だから、まぁ商店くらいあるだろうと思っていたけど、甘かった。商店とレストランは1軒ずつあったものの、どちらも閉まっていた。

宿があるらしい場所へ向かっていると、1人のキルギス人のおばあちゃんに声をかけられる。ものの、ロシア語(キルギス語)なので見事に一言も理解出来ない。とりあえずおばあちゃんのことは後回しにしておこう、と先に進む。

キルギスの田舎の村では、地元の人の家に泊めてもらう「民泊」というものがある。無料ではなく、大きめの都市のインフォメーションセンターで予約をしてお金を払う。先にここを訪れた友達が、インフォメーションセンターを通さずに泊まれたということだったので(その方が多分安い)、私も同じ家に突撃お宅訪問。が、1泊朝夕食付きで600ソム(約960円)と言われ、尻込みする。←それでも通常予約するよりは安いんだけど、友達は3人で行っていたからもっと安かった。

肩を落としつつも、他の家にアタックしようとするが、どこも田舎の家にそぐわぬ頑丈な門構えで庭が広く、家までの距離が遠い。人もあまり外に出ていない。結局2軒ほど断られたところで、さっき声をかけてくれたおばあちゃんの所にとりあえず戻ってみることに。

おばあちゃんは同じ場所で友達?と話していて、私を見るなり、またキルギス語で何か言ってきた。私が手を合わせて寝るポーズを取って「泊まれる?」と聞いても「ニェット(いいえ)」と言うし、さっぱり何が言いたいのか分からない。が、とにかくずっと話してくる。しばらく話して、私の前を歩き、「付いて来なさい」といった感じで手招きしてきた。少し迷ったものの、こんなペンギン村のような場所で変なことも起こらないだろうとおばあちゃんの後を追う。



結果。

この日の宿。

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もうちょっとひいたところ。

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クズル・トゥー村には私が先程お宅訪問した「集落」のような場所があるが、この家はそこから離れて数分歩いた場所に1軒だけぽつんと建っていた。

この家にはおばあちゃん・おじいちゃん・その息子長男夫婦と子供・弟 が住んでいる。私のジェスチャーがうまく通じていなかったのかいたのか、この日はここで泊めてくれることになった。おばあちゃんの息子・ベクー(弟の方)は少しだけ英語が話せた。「いくらで泊まれる?」と私が聞くと、おばあちゃんに通訳し、「日本人は友達だからお金はいらないって言ってるよ」という嬉しい答えが返ってきた。見ず知らずの外国人を、ただ日本人だからという理由だけで泊められるのが凄い。



家に入るなり振る舞われた、ウェルカム・・・「何か」。

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「ジャルマだ」と言うものの、それが一体何なのかも分からないし、色は茶色く、何やら沢山絞りカスようなのもが浮いているし、見るからにヤバそう。が、断るわけにもいかないため、思い切って飲んでみると、これまた「何だろう?」という味。
ミルクっぽいけどざらっとしてて、少し酸味と発泡性あって、一瞬お酒かと思うけどアルコール分は無かった。まぁはっきり言うと不味いのだけど、何杯も勧めてくる。

後で調べるとキルギス伝統の大麦発酵飲料だった。一般的に「ショロ」という商品名でもも売られているらしいが、家庭でも作るそう。



お昼過ぎに着いたため、昼食まで作ってくれた。朝パッサパサのパンを食べただけだったので、本当に嬉しい。

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「ピシュパルマ」という麺料理。羊の肉まで入っている。意外と臭みは無い。
パンもおばあちゃんの手作り。しっとりしているのになぜか水分を全部持っていかれるという不思議なパン。



食事の際には必ず「チャイ(ミルクティー)」が出される。

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注ぎ口に茶こしがついた珍しいキルギス製のティーポット。茶こしから落ちた水滴を気にする人なんて誰もいない。
キルギスでのミルクティーの淹れ方は少し変わっていて、まずティーポットで作った紅茶をカップに注ぎ、そこに熱いお湯とミルク、砂糖を投入する。大抵少し薄いミルクティーといった感じ。



私を拾ってくれた優しいおばあちゃん。

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ご飯を食べた後、お兄さんの方が家の周辺を案内してくれた。「家の周辺」といっても、この周辺はほぼこの家族の土地らしい。

家の裏庭。

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数年後にここにホテルを建てる予定とのことで、絶賛整備中のお父さんと息子。
建てるならユルタ(※)であってほしい。

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※ユルタ・・・キルギス遊牧民の移動式テント住居。モンゴルの「ゲル」と同じようなもの。



子牛とお兄さん。

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お兄さんは英語も話せないのに、身振り手振りでいっぱい話してくれた。
敷地内にはりんごやアプリコット等、沢山の果物が植えられていた。牛やヤギ、鶏も飼っているし、ほぼ自給自足をしてるんだろうな~と思った。



家を出て少し村を散歩。
遠くからユルタの骨組みが見えたので、見せてもらった。

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クズル・トゥー村はユルタの産地。
村人それぞれが分担して部品を作っているらしい。インフォメーションセンター等で事前に予約すると制作過程の見学も出来る。



見せてもらった家のお母さんと子供。

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家に戻るとおばあちゃんに「昼寝をしなさい」と言われたので、大人しく昼寝をする。が、昼寝どころかうっかり8時過ぎまで寝てしまった。

キルギスの昼は長い。
8時を過ぎても明るく、家族もちょうど「これからご飯」という感じだった。

夜ご飯はキルギスの一般家庭料理「プロフ」。

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野菜や肉など入った炊き込みご飯。店によって油っこい場合もあるけど、油感はなくて普通に食べれた。おばあちゃん料理上手?



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食事には毎回チャイとパン。

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食事時に別の場所に住んでいるおばあちゃんの娘さんの子供が来た。10歳くらいの元気な男の子で、おばあちゃんが私を日本人と紹介するなり、片膝をついて、片手に拳をつくって胸の前でパシッとするという妙な挨拶をされた。「ズドラストヴィーチェ(こんにちは)」と挨拶すると、両手を後ろにまっすぐのばして腰をかがめて走り去って行った・・・。どうやら「忍者」を意識しているらしい。その後も時々「忍者・侍・中国拳法」が入り混じったようなポーズを時々披露してくれた。

英語が出来るベクーを加えてみんなで話していると、日本と言えばみたいな感じで「忍者、侍、着物・・・」といった言葉が出てきた。ベタだけど、キルギスに来るまでキルギスについて何のワードも持たなかった私に比べるとはるかにマシだ。

海外で欧米人と話していると、日本にある都市名で真っ先に出るのは「東京、大阪」次いで「京都、奈良、名古屋、福岡」等が挙がる。でも欧米人以外、ちょっと田舎のアジアの国の場合、東京大阪の次に挙がるのは「広島、長崎」が多い。震災後は「福島」も。

この辺鄙な田舎の村でおじいちゃんから出てきた日本の地名は「北海道」。これは今までの経験ではかなり珍しい。ウィンタースポーツをする欧米人がたまに挙げることもあるけれど、80歳を超えるおじいちゃんがそれで知っているとは思えない。なぜ知っているのかと聞くと、おじいちゃんは若い頃ロシア(旧ソ連)軍の兵隊として、カムチャカ半島にいたらしい。

「カムチャッカから見える大きな島を見て、みんな"あれが北海道だ"って言っていたんだ」

戦争を経験していない私は、こういう時にしか実感出来ない。しわくちゃの笑顔を見せるおじいちゃん。かつてどのような過去があったのだろう。言葉が通じたらもっと色々聞けたんだろうけど。

その後「空手は出来るのか?」と聞かれたので、「空手は出来ないけど、これなら出来る」とポイを少し披露した。灯油を入手できなかったので、家の中で何となくだけどすごく喜んでくれたから良かった。お兄さんが「貸してくれ!」と私の見よう見まねでやるものの、かなり危ない感じでヒヤヒヤ。みんなで大笑い。楽しかったけど、やっぱどこかで灯油を入手しなければ・・・。



本日の寝床。

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ユルタに敷くようなパッチワークの布がかかった可愛い部屋。私のために1室丸々空けてくれた。昼寝までしたのに、普通に夜もぐっすり寝てしまった。




翌朝。

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朝ご飯もおばあちゃんの手作りパンとチャイ。

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ベクーも一緒に、次の町まで行くバスを待ってくれた。

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最後にベクーが「僕も日本に行きたい」と言うので、私の連絡先を教えておいた。私がまたここへ来ようと思えば会うのは簡単だろうけど、そうでなければ再会するのは難しいだろう。「またね」の代わりに「ありがとう」。

バスを待つ間も忍者のマネをして遊ぶおばあちゃんの孫。何となくそれに付き合う私。次の町へと続く一本道はただただまっすぐ青い空へ吸い込まれていくよう。
ありがとう、おばあちゃん。




ビシュケクからクズル・トゥー村への行き方


①南旅館~西バスターミナル
マルシュルートカ132番(終点) 約40~50分・10ソム

②ビシュケク 10:25発~クズル・トゥー村(Kyzyl Tuu)13:50着
カラコル(ボコンバエバ)行きマルシュルートカ 約3時間15分・250ソム(←もっと安いと思う)
※132番マルシュの降り場近くはタクシーがたもろしているので、無視して奥に進んで右の方へ行くとボコンバエバ行きマルシュの乗り場があった。長距離マルシュルートカは人が集まり次第出発なので、1時間くらい待って出発。必ず「クズル・トゥー」と言っておくこと。


【クズル・トゥーの安宿】
ビシュケク等のCBTで予約が無難。私が泊まらなかった宿は「フェルトハウス」から入ってまっすぐ、左手側。壁にヤシの木と馬のような絵が描かれている家。一泊300ソム、朝夕食300ソム。

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